ロールプレイ(マーダーミステリー型)が扱えるのは、情報と評価が隠されている状況である。だが現場で本当に詰まるのは、情報が出そろってなお通じない状況のほうだ。宇田川元一『他者と働く』の枠組みを棚卸しし、マダミス型とは別系統の研修案を設計する。
A系の中核は隠された情報と、隠された評価である。情報を配り分け、開示しなければ価値が測れない状態を作り、最後に他者からの評価を開く。乖離が数字で出るので、驚きが強く、入口の装置として非常によく効く。
しかしA系が体験させているのは、突き詰めれば「出せば通る」構造である。情報を出す・目的関数を読む・設計し直す。ここまでで解ける問題を、宇田川はロナルド・ハイフェッツにならって技術的問題と呼ぶ ── 既存の知識と権限の範囲で解決できる問題のことだ。
現場の詰まりの多くは、その先に残る。情報は出ている。正しい説明もした。それでも動かない。宇田川が適応課題と呼ぶのは、当事者自身の物の見方が変わらないかぎり解けない問題のことである。ここでは「正しさ」が武器にならないどころか、しばしば障害物になる。
この本の言葉でいえば、両者のあいだにあるのはナラティヴの溝である。だから研修も二系統要る ── 乖離があることを知る装置(A系)と、その溝を渡る手つきを反復する装置(B系)。
本書を研修設計の道具として使うために、概念を「知財実務での現れ方」まで降ろして並べる。訳語ではなく、研修のどこに実装できるかで読む。
| 概念 | 中身 | 知財の現場での現れ方 |
|---|---|---|
| 技術的問題 | 既存の知識・ノウハウ・権限の範囲で解決できる問題 | 新規性の判断、条項のドラフト、期限の管理。知財担当が最も訓練されている領域 |
| 適応課題 | 当事者自身の物の見方が変わらなければ解けない問題。一方的には解決できない | 「事業部が知財を通さずに話を進める」「共同研究先が肝心の実施例を出さない」 |
| ナラティヴ | 立場・役割・専門性から生まれる解釈の枠組み。個人の性格ではなく、職業規範と組織文化から生じる | 知財=リスクを減らすことが価値。事業=機会を逃さないことが価値。同じ条項が別の意味で読まれる |
| 溝 | 二つのナラティヴのあいだの隔たり。正論はこの溝を越えない | 総論賛成・各論反対。「知財の重要性は理解している」と言われたまま何も動かない |
| 適応課題の4タイプ | ギャップ型(価値観と行動のずれ)/対立型(両立しない価値の衝突)/抑圧型(言いにくいことが言えない)/回避型(痛みを伴う課題から目を逸らす) | ギャップ型=「オープンイノベーションは重要だ」と言いつつ契約は最大防御。抑圧型=現場が知財に本音を言わない |
| 「私とそれ」/「私とあなた」 | 相手を道具として扱う関係と、代わりの利かない存在として扱う関係(マルティン・ブーバー) | 「事業部は知財の言うことを聞く実行部隊」「知財は判子を押す窓口」── 互いに「私とそれ」で見合っている状態 |
| 私とは「私と私の環境」 | 相手は個人ではなく、個人+その人が埋め込まれた環境である(オルテガ・イ・ガセット) | 渋っている部長個人ではなく、その人を評価している売上至上の環境に働きかける。介入先の同定が変わる |
| 正しい説明という暴力 | 専門家のナラティヴ上の正しさが、相手のナラティヴを無意味と見なす暴力になる(岸本寛史『緩和ケアという物語』) | 「この条項にはこういうリスクがあります」が、相手には「お前の事情は考慮に値しない」と届く |
| 反脆弱性 | 問題や困難に直面するほど強くなる性質(ナシーム・ニコラス・タレブ)。対話の反復が組織をこれに近づける | 研修を1回の催しで終わらせない設計根拠。橋は架けるたびに次に見える範囲が広がる |
研修設計上いちばん重要な一行は、ナラティヴの定義にある ──ナラティヴは個人の性格を問わない。職業規範と組織文化が作る。だから「あの人が頑固だから」で説明がつく設計にしてはならない。人ではなく枠組みを扱う設計にできるかどうかが、この系統の成否を分ける。
ハイフェッツらは「観察 → 解釈 → 介入」を挙げたが、宇田川は日本の組織の現状を踏まえ、その手前に準備を足して四段にした。研修に落とすとき、この足された一段が最も訓練価値が高い。多くの人はいきなり観察しようとして、自分の枠組みのまま相手を見てしまう。
自分のナラティヴを脇に置く。相手を今の枠組みで解釈することを一度保留し、「自分が分かっていないことがあるかもしれない」を受け入れる。焦り・不安・怒りは準備を阻害する。だからその感情がなぜ芽生えたかを先に見る。
相手がどんな環境・職業倫理の中で生きているかを知ろうとする。何が大事で、何に困り、何を恐れているか。宇田川は判定基準を一つ置いている ──協力者にたどり着けないなら、観察ではなく準備が足りていない。
相手のナラティヴの中に飛び移り、その立場で仕事をシミュレートする。そのうえで、自分の提案が相手の枠組みの上で意味を持つ形に作り直す。うまく架からなければ観察に戻る。一人でやると自分の枠組みに戻ってしまうので、相棒を置く。
実際に働きかける。ここは終点ではなく次の観察の入り口である。一つ橋が架かると立っている場所が変わり、それまで視野になかったものが見えて、次の目的地が現れる。だから四段は繰り返す。
そして、この一対一に見えるプロセスは実は関係性への介入である。相手をよく観察するとは、相手が埋め込まれている関係性を理解することであり、介入するとは、その関係性に働きかけることを意味する。研修でこの一点を外すと、「上手な話し方」の講座に堕ちる。
本書の終盤にある、対話に挑んでいるつもりで対話になっていない状態の分類。研修設計にとってこれは「学習内容」であると同時に、研修そのものが陥る失敗モードの一覧でもある。だから最初に配る。
| 罠 | 起きていること | 研修設計での手当て |
|---|---|---|
| ① 迎合になっている | 相手のナラティヴに合わせているうちに、自分の目的関数を手放している。忖度との区別がつかなくなる | 初回に「脇に置く≠同意する」を明示的に扱う。D1で自分の目的関数を先に書かせ、最後に見返させる |
| ② 押しつけになっている | 相手のナラティヴを変えにいっている。対話の形をした説得 | D3で「観察質問だけのラウンド」を強制する。提案を禁じる時間を作る |
| ③ 馴れ合いになる | 関係が良くなること自体が目的化し、共通の成果の設定が消える | 各回の産出物を相手の枠組みで意味を持つ提案に固定する。関係の感想では終わらせない |
| ④ 他の集団から孤立する | 橋を架けた先と親しくなり、元の集団から浮く。知財担当が事業側に寄りすぎて知財部内で浮く形で実際に起きる | 持ち帰り課題を「自部門側にどう説明するか」まで含める。橋は両側に架ける |
| ⑤ 徒労感に支配される | 結果が出ず、やっても無駄だという結論に落ちる | 短時間×複数回の設計にし、橋が一つ架かるたびに次の視野が変わったことを毎回記録させる |
| 軸 | A系 ── ロールプレイ/マダミス型 | B系 ── 対話型 |
|---|---|---|
| 隠すもの | 情報と、他者からの評価 | 何も隠さない。隔たりは最初から目の前にある |
| 扱う問題 | 目的関数の非対称(技術的問題に見える入口) | 解釈の枠組みの隔たり(適応課題そのもの) |
| 真相にあたるもの | 「あなたは関係者からこう見えていた」 | 相手のナラティヴ。開いても「正解」が出てこない |
| 学習の駆動力 | 驚き ── 乖離が数字で発覚する | 反復 ── 手つきが身体に入るまで回す |
| 勝敗 | ある(目標達成と三軸評価) | ない。あるのは橋が架かったかだけ |
| 題材 | 架空のシナリオ(B1 開示のジレンマ 等) | 受講者自身の実案件 |
| 時間設計 | 3時間15分・1回完結 | 90〜120分 × 複数回。あいだに実践期間を挟む |
| 典型的な失敗 | デブリーフが糾弾になる | 迎合・馴れ合いになる(罠①③) |
| 向く相手 | 初見の受講者。マインド変革の入口 | A系を通った人/いま実案件で詰まっている人 |
この対照表がいちばん言いたいのは最下段である。B系はA系の代わりにならないし、A系はB系の代わりにならない。A系だけを回すと「知財担当は嫌われている」という発見で終わり、翌日の行動が変わらない。B系だけを回すと、そもそも自分の正しさが問題になりうるという前提が共有されないまま、技法の講座になる。
4プロセスを、そのまま三本のセッションに割る。D1が準備、D2が観察と解釈、D3が介入である。すべて受講者の実案件を題材にする。架空シナリオを使わないのがA系との最大の違いで、同時に運営上の最大の制約でもある(守秘の枠付けは 08 に置く)。
90分/準備の訓練。自分の枠組みを一度降ろせるかどうかだけを扱う。
120分/観察と解釈。3人一組、相棒は助言をせず問いだけを出す。
120分/介入。全員が全情報を持ったまま、それでも通じない場面を扱う。
手順。①各自、実務で「話が通らない相手」を一人思い浮かべる。②その相手を自分がどう解釈しているかを形容詞で書き出す(頑固、非協力的、他人事…)。③書いた形容詞を全部消す。④同じ相手について、その人の評価者は誰か/その組織で叱られるのは何をしたときか/その人がいま恐れていることは何か/その人が使える資源は何かを書けるだけ書く。⑤書けなかった欄を数える。
この数字が溝の幅の代理指標である。形容詞は埋まるのに事実欄が埋まらないなら、相手を人格で説明していたということになる。②で書いた形容詞と④の空欄を並べて見せるところが、この回の山場。
扱う罠。①迎合。「脇に置く」は「相手が正しいと認める」ではない、を最初に切り分ける。自分の目的関数を先に紙に書かせ、回の最後に見返させて、それが変わっていないことを確認させる。
編成。3人一組。持ち込み者/相棒/記録。宇田川の「よい解釈には相棒を求めよ」をそのまま構造にする ── 一人で解釈すると、必ず自分のナラティヴに戻ってくるからである。
相棒の制約。助言・意見・体験談を禁じ、問いだけを出す。使える問いの型を配る ──「その人がその発言をして、得をするのは誰ですか」「その人は誰に評価されていますか」「それを言えない理由は、その人の側に何がありますか」「あなたがその立場なら、何を最初に守りますか」。
産出物は二つ。(a)相手のナラティヴ地図=環境・評価者・恐れ・資源の四欄。(b)橋の設計=自分の提案を、相手の枠組みの上で意味を持つ形に書き直したもの。
最後の問い。「あなたの介入先はその人個人か、その人の環境か」。ここでオルテガの一行が効く。相手は個人ではなく個人+環境なので、個人に何度説明しても環境が変わらなければ言動は変わらない。
導入。岸本寛史が記録した緩和ケアの場面を読む ── 痛みを訴えると薬が増える、増えても効かない、本当は減らしてほしいがそれを言えないことが精神的にこたえる、と患者が語る。医師の側は科学的に正しい。だからこそ、その正しさが患者の語りを無意味と見なす暴力になる、と岸本は書く。
翻訳。これを知財の場面に移す。「この条項にはこういうリスクがあります」は、条項の解釈としては正しい。だが相手の枠組みの上では「あなたの事情は考慮に値しない」と読まれうる。正しさは、それ自体が届かない理由になりうる。
ロールプレイ(3ラウンド/各15分)。A系と決定的に違うのは、両者とも最初から全情報を持っている点である。隠し事はない。それでも通じないことを体験させる。R1=正しく説明する。R2=提案を禁じ、観察の問いだけを出す。R3=相手の枠組みの上で提案を作り直す。
デブリーフの問い。「あなたの正しさは、誰のナラティヴの上での正しさだったか」。そして「R2で何が出てきたか。それはR1のあなたには見えていたか」。
二つを別々の研修として並べても効かない。順序と接続点を設計する。
架空シナリオで、自分の「正しさ」が他者の目的関数上でマイナスに評価されることを、数字で見る。ここで受講者は初めて、これが知識の問題ではないと気づく。
実案件に持ち替え、準備・観察・解釈・介入を回す。A系の驚きが冷めないうちに始める。あいだに実践期間(2〜4週間)を挟み、次回に「何が起きたか」を持ち寄る。
同じシナリオを知財担当役ではない役で回す。1回目に知財担当を糾弾した受講者が、同じ罠を踏む。B系を通ったあとだと、この二度目の意味がまったく変わる。
接続点は三つある。
第一に、A系の第三の評価軸〈残響〉── 半年後に思い出して声をかけるか ── は、B系でいう「関係性が変わったか」の代理指標である。A系では卓の中の申告値でしかないが、B系では実案件でそれを作りにいく。設計書の「残響の追跡(3ヶ月後に1問)」は、B系の実践期間とそのまま重ねられる。
第二に、A系のデブリーフに置いた越境の問い──「自分の職掌を越えて踏み出した場面はどこか、踏み出さなかったのは何が止めたか」── は、B系 D2 の「介入先は個人か環境か」に直結する。職掌の外に出るとは、相手の環境に働きかけるということだからである。
第三に、A系の入れ替え再演は、B系の観察を1卓に縮約したものである。逆にいえば、A系の入れ替え再演で手応えのなかった受講者ほど、B系のD2で伸びる。
そして反脆弱性の話がここに戻ってくる ── 橋が一つ架かると立っている場所が変わり、次に見えるものが変わる。だからこの系統は1回で完結させてはいけない。完結させる設計にした時点で、扱っている問題を技術的問題として扱ったことになる。
実案件を持ち込ませる以上、これが最初にして最大の制約になる。社名・案件番号・固有の技術内容を出さない。持ち込むのは役割と構造だけ(「相手方の研究者」「自社の事業部長」「その人を評価しているのは誰か」)。ナラティヴは個人の性格ではなく職業規範から生じる、という本書の前提が、そのまま匿名化の理論的根拠になっている ── 固有名詞がなくても構造は再現できる。
宇田川は、権力のある側は立場が下の人よりもナラティヴの溝が見えにくくなる、と書く。権力を自覚しないまま観察を試みると観察が失敗する。同じ組に上司と部下を入れると、D1の「書けなかった欄」もD2の相棒の問いも機能しない。組編成は権力線を跨がないように切る。
罠①がそのまま研修設計の罠である。柔らかい言葉と傾聴の練習に流れると、参加者は「もっと相手に合わせよう」という結論に着地する。それは対話ではない。各回の産出物を「相手の枠組みの上で意味を持つ提案」に固定することでしか防げない。関係が良くなった感想は成果物ではない。
研修前後で、「話が通らない相手」についての記述がどう変わるかを見る。形容詞(頑固/非協力的)から、環境と目的関数の記述(誰に評価されているか/何を守ろうとしているか)へ移っていれば、ナラティヴという概念が入っている。D1の「書けなかった欄の数」を初回と最終回で取れば、同じ相手で前後比較ができる。
A系のGMとは要件が違う。A系は進行と種明かしだが、B系は助言したくなるのを我慢させる進行である。とくにD2で相棒が助言を始めたとき、その場で止められること。ファシリテータ自身が「正しい説明という暴力」を実演してしまうのが、この系統の最頻の事故である。
下敷き。宇田川元一『他者と働く ──「わかりあえなさ」から始める組織論』NewsPicksパブリッシング、2019年9月。全7章(1 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている/2 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス/3 実践1・総論賛成・各論反対の溝に挑む/4 実践2・正論の届かない溝に挑む/5 実践3・権力が生み出す溝に挑む/6 対話を阻む5つの罠/7 ナラティヴの限界の先にあるもの)。
本稿が使った範囲。第1章(技術的問題と適応課題、4タイプ、ナラティヴの定義、「私とそれ/私とあなた」)、第2章(4プロセス、「私とは私と私の環境」、反脆弱性)、第5章(権力と観察の関係)、第6章(5つの罠)、第7章(ナラティヴ・アプローチの臨床的出自、「正しい説明という暴力」)。
使っていない範囲。第3章・第4章の実践ケース(総論賛成・各論反対/正論の届かない溝)は、本稿では研修案の骨格を作ることを優先して、事例としては引いていない。この二章はB系のシナリオ素材としてそのまま使えるため、次版で D2 の題材例として展開する余地が残っている。
本書が参照している枠組み。ロナルド・ハイフェッツ(適応課題)、マルティン・ブーバー(私とそれ/私とあなた)、ホセ・オルテガ・イ・ガセット(私と私の環境)、ナシーム・ニコラス・タレブ(反脆弱性)、岸本寛史『緩和ケアという物語』(正しい説明という暴力)、および社会構成主義とナラティヴ・アプローチの研究群。
本稿は書籍の要約ではなく、研修設計に使うための抜き出しである。概念の定義は書籍に依るが、「知財の現場での現れ方」欄と研修案D1〜D3は本稿による構成であり、原著にその記述があるわけではない。