交渉のあいだ、5人は毎フェイズ終了時に他の4名を秘密裏に評価していた。 軸は二つだけ ──「この人はディールを前に進めたか」「この人と次も組みたいか」。 本人には最後まで見えない。ここで初めて開く。
教科書どおりに振る舞うと、目標①(権利保全)は達成できる。だが推進と信頼は沈む。これは講師の裁量による減点ではなく、ルールとして必然的に起きるように配線されている。
知財担当が秘密情報の定義を最大化し、残留記憶条項を最後まで譲らなかった場合。
目盛り推進・信頼は、他の4名がそれぞれ -2〜+2 で秘密裏に付けた点の合計(範囲 -8〜+8)。本人には最後まで見えない。
タスク達成は自分の目標の達成度(0〜3)。バーの向きに加えて数値と符号を併記している。
タスクを満点で達成したのは、両社の知財機能を担う二人だけである。そしてその二人だけが、推進・信頼をマイナスで持ち帰った。
知財担当が三段階の開示ゲート方式を提案した場合。
目盛り推進・信頼は、他の4名がそれぞれ -2〜+2 で秘密裏に付けた点の合計(範囲 -8〜+8)。本人には最後まで見えない。
タスク達成は自分の目標の達成度(0〜3)。バーの向きに加えて数値と符号を併記している。
知財担当のタスク点は 3 から 2 へ下がっている。完全防御を捨てたからである。その代わり、推進と信頼が合わせて 16 点動いた。
| 指標 | A 教科書 | B 設計者 | 差 |
|---|---|---|---|
| タスク達成 自分の目標をどれだけ達成したか | 3/3 | 2/3 | −1 |
| 推進 この人はディールを前に進めたか | −3 | +5 | +8 |
| 信頼 この人と次も組みたいか | −2 | +6 | +8 |
権利保全という自分の物差しでは、ルートAが上である。 完全防御を捨てたルートBは、タスク点を1点落としている。 それでも他の4名から見れば、同じ人物の評価は推進で8点、信頼で8点動いた。 知識が増えたわけでも、条項が上手くなったわけでもない。変わったのは、守る対象の置き場所だけである。
一括で秘密情報を定義するのをやめ、渡すものと渡さないものを時間軸で切り分ける。
第三者立会いによるブラインド検証で、性能データのみを確認する。レシピ・焼成条件は渡らない。目的は「協業可否の判断」に限定する。
大和の設備で検証する。ただし前処理はHelixの技術者が同席して実施し、大和が取得するのは結果のみ。
PoC契約の締結後に、対価と実施範囲を定めたうえで製造ノウハウを移転する。
「記憶に残った情報も対象とする」の一文を外し、代わりに ①関与者を名簿で限定 ②期間を24ヶ月に限定 ③同一用途の競合開発を一時停止(stand-still)の三点に分解する。守る対象を、守れる形に置き換える。
情報の価値は、中身を見なければ評価できない。しかし中身を見せてしまえば、対価を払う理由が消える。売り手は出せず、買い手は測れない。NDAはこの矛盾を解く道具ではなく、矛盾を管理可能な大きさに切り分けるための足場にすぎない。一括定義は矛盾を丸ごと先送りし、段階ゲートは矛盾を小分けにして各段で決着させる。
何で守れるかは技術ごとに違う。Helixの核心は焼成条件と前処理、つまり出願書類の外にある。特許を強化しても守れない。一方、大和の強みは設備・販路・量産という補完資産の側にある。この見立てを両者が共有できた瞬間に、交渉は「取り合い」から「置き場所の設計」に変わる。知財担当の付加価値は、条項を勝ち取ることではなく、この置き場所を設計することにある。
隠し評価シートは、糾弾のための装置ではない。「あなたの各行動は、誰の目的関数の上でプラスで、誰の上でマイナスだったか」を、点数という動かしがたい形で本人に返すための装置である。デブリーフの最後に置かれる問いは、常にひとつ ── 明日、自分の実案件でこの構図に最も近いものはどれか。
本来の研修は6人が同じ卓に着き、3時間かけて交渉し、その場で相互評価を開示する。基礎コースは B1『開示のジレンマ』のほかに B2『出資と特許の間』(CVC出資DD)、B3『名前の載らない発明者』(共同出願・成果帰属)を置く。 さらに上級コース『電機百年・技術導入の海図』では、知的財産部という組織が存在しなかった時代 ── 日本電気とウェスタン・エレクトリック、富士電機とシーメンス、三菱電機とウェスティングハウス ── の技術導入交渉を追体験する。特許が「権利化業務」ではなく、資本・人・市場アクセスと不可分の取引の通貨だった時代を歩くと、 いま自分がやっている仕事が、より大きな事業創出の営みのどの部分を制度化したものなのかが見える。
この気づきは講義では伝わらない。体験と、相互評価の開示によって初めて自分事になる。
設計の考え方(五層モデル・配線パターン・入稿前チェックリスト)は設計論のページにまとめてある。