上級コース『電機百年・技術導入の海図』の骨子。知的財産部という組織が存在しなかった時代に、日本の電機産業がどうやって技術導入・資本提携・合弁設立を実行したかを追体験する6人卓。プレイ可能な形にはまだ落ちていない ── 本ページは設計の骨組みだけを示す。
基礎コース(B1〜B3)が扱うのは現代の場面である。そこで学ぶのは「自分の正しさが、相手の目的関数の上ではどう見えているか」。だが受講者は、そこでもなお知財部という組織の枠の内側で考えている。上級コースは、その枠そのものを外す。
知的財産部が存在しなかった時代に、日本の電機産業は技術導入・資本提携・合弁設立という「オープンイノベーション」を実行した。狙いは一つ ── 現代の受講者が「知財部の実務」だと思っているものが、歴史的にはより大きな事業創出の営みの一部分が制度化されたものにすぎないと体感させることである。
共通構図は一つである ──技術(特許+図面+人)を持つ外国企業 × 市場と資本と政府関係を持つ日本側。交渉の主戦場は、ライセンス料率、資本比率、輸出制限条項、技術者派遣、商標の扱いだった。
つまり特許はこの時代、単独の「権利化業務」ではなく、資本・人・市場アクセスと不可分の取引の通貨だった。本シナリオは、この構図を架空の社名でオマージュする。
| 年 | 案件 | 構図 |
|---|---|---|
| 1899 | 日本電気 × ウェスタン・エレクトリック | 外資との合弁の最初期例 |
| ― | 芝浦製作所へのGE資本参加/東京電気 × GE(電球事業) | のちの東京芝浦電気へ合流 |
| 1923 | 富士電機(古河電気工業 × シーメンス) | 資本・技術提携による設立 |
| 1923 | 三菱電機 × ウェスティングハウス | 技術提携 |
基礎コースと上級コースの違いは、レベルではなくL1(真相層)を何で開くかにある。基礎コースの L1 は「評価の乖離」であり、隠し評価シートの開示で開く。上級コースの L1 は「あなたの卓が結んだ契約構造が、5年後・20年後に何を残したか」であり、これは開示でも推理でも開かない。時間を進めることでしか開かない。5年後判定と史実照合が、その装置である。
自卓の契約構造が長期に何を残したか。国産化に成功したか、改良発明は誰のものになったか、商標はどちらの名で残ったか、資本関係はどう動いたか。調印の場では絶対に見えない。5年後判定で開き、史実照合で答え合わせをする。
割符の中心は一つ ──暗黙知は人に付随する。日本側の技師長は「図面どおり作っても同じ物にならない」と経験で知っている。ジーゲル社の法務顧問は「特許明細に書いていない工程がある」と知っている。この二人が話さないかぎり、卓は「特許だけ買う」を選ぶ。
四本の配線。①「特許だけ買う」選択肢が常に最も安く見える価格設定 ②調印から5年後へ時計を進める長期判定 ③逓信省系顧問が持ち込む国産化の政策圧力 ④銀行団の資本比率・配当への連動。①と②が噛み合って、はじめて罠が学習になる。
6役に目的関数を配る(次節)。外国側にも「本国の訓令では成立しないと分かっているが、それを言えない」立場を持たせる。外資=収奪者という悪役を作らないことが、この層の絶対条件である。
時代設定の読込 → 各陣営の内部会議 → 交渉① → 本国訓令の追加配布 → 交渉② → 調印 → 5年後判定 → 史実照合デブリーフ。基礎コースの3時間に対し、判定を挟むぶん4時間を見込む。
社名・人名はすべて架空。河原電線=日本側、ジーゲル社=ドイツ側。ジーゲル社の法務顧問が、現代の知財担当の祖型にあたる ── 基礎コースで受講者が演じた役の、百年前の姿である。
| 役 | 単独情報 | 割符 | 言いにくい真実 | 目標 |
|---|---|---|---|---|
| 河原電線・専務 | 国内市場の伸びと、社内の事業拡大の野心 | ― | 資本比率を譲れば、社内で自分の立場が消える | 合弁の設立と国内市場の確保 |
| 河原電線・技師長 | 図面どおりに作っても同じ物にならないことを、経験で知っている | 暗黙知は人に付随する(ジーゲル法務顧問と対) | いまの自社にはまだ作れない、と専務に言えない | 技術を「学び切る」 |
| ジーゲル社・極東代表 | 本国から高率ロイヤリティと輸出制限を厳命されている | ― | 本国の条件のままでは、この案件は成立しないと分かっている | 訓令の線を守りつつ調印まで到達する |
| ジーゲル社・法務顧問 | 特許明細に書いていない工程がある | 暗黙知は人に付随する(技師長と対) | 核心は特許では守れていない、と本国に報告していない | 特許と商標の支配を維持する |
| 銀行団代表 | 融資条件が資本比率と配当に連動している | ― | この案件が焦げれば、自分の稟議が飛ぶ | 回収可能性の確保 |
| 逓信省系顧問 | 政策としての国産化率の目標値 | ― | その目標値は政治的に作られた数字で、技術的根拠が薄い | 国産化の担保 |
六つの争点が同時に卓上にある。どれか一つを勝ち取っても、他が崩れれば長期判定では負けるように配線する。
価格表は、常に「特許だけ買う」を最も安く見せるように作る。実施権と図面一式を一括で買い取り、技術者派遣も改良発明の帰属交渉も省く。短期の目的関数の上では、この選択がほぼすべての役にとって合理的に見える。
だがそれを選んだ卓は、技師長の割符情報(暗黙知は人に付随する)が示すとおり、5年後判定で国産化に失敗する。図面はあるのに同じ物が作れない。人の移転と改良発明の帰属設計まで踏み込んだ卓だけが、長期判定で勝つ。
これは B1『開示のジレンマ』の段階的開示ゲートに対応する上級版の出口である。B1 で受講者が設計したのは「守る対象の置き場所」だった。ここで設計するのは「学び切るための経路」である。どちらも、条項を勝ち取ることではなく、価値がどこに宿るかを見立てて構造を組むことが答えになっている。
| 時点 | 見るもの | 効果 |
|---|---|---|
| 調印時(短期) | 各役の目的関数の達成度。資本比率、料率、商標をどう決着させたか | この時点では「特許だけ買う」を選んだ卓が最も高得点になる |
| 5年後(長期) | 国産化の成否/改良発明の帰属/商標の行方/資本関係の変化 | 短期の順位がここで入れ替わる。基礎コースの隠し評価に相当する装置 |
| 史実照合 | 自卓の選択が、史実のどのルートに最も近かったか | 歴史紹介ではなく、自卓との比較として提示する(入稿前チェックリスト6) |
上級コースは新しい話をしているのではない。B1 で扱った論点が、百年前には別の名前で同じ場所にあったことを見せる。
| B1 の論点 | 上級版での対応物 | 変わっていないもの |
|---|---|---|
| 残留記憶条項 | 技術者派遣の人数と年限 | 人に付いた知識をどう扱うか |
| 秘密情報の定義の広さ | ライセンスの輸出可能地域 | 「広く縛る」とは、相手の全事業を縛ることでもある |
| 段階的開示ゲート | 技術者派遣+改良発明の帰属設計 | 渡すものと渡さないものを、時間軸で切る |
| 隠し評価(推進・信頼) | 5年後判定+史実照合 | タスク達成と、長期帰結の乖離 |
本ページは構想と骨組みである。卓に出せる状態にするには、以下がまだ足りない。
何を、どういう重みで点数化するか。短期の順位が5年後に入れ替わる度合いは、ここで決まる。強すぎれば茶番になり、弱すぎれば「特許だけ買う」が正解のまま終わる。
「特許だけ買う」がどれだけ安く見えるか。安すぎると誰も他を検討せず、高すぎると罠が発動しない。実プレイでの調整が要る。
骨子の表にあるのは粒子だけ。実際に配るのは、その役の一人称で書かれた読み物である。
契約構造とその後数十年の帰結を並べる。一次資料の確認が必要で、ここは推測で書けない。
基礎コースより時代が遠いぶん役に入りやすく、抜けにくい。役から降りる儀式を、基礎コースより丁寧に置く必要がある。
A1 で受講者が座るのは、技術を学び取る側の席である。同じ構図を裏返し、自分の味と名前を他社に預ける側の席に座らせるのが A2『暖簾を貸す』である。A2 では、本ページで未決のハンドアウト本文と長期採点表を先に埋めている。