交渉のあいだ、5人は毎フェイズ終了時に他の4名を秘密裏に評価していた。 軸は二つだけ ──「この人はディールを前に進めたか」「この人と次も組みたいか」。 本人には最後まで見えない。ここで初めて開く。
教科書どおりに振る舞うと、目標①(権利確保)は満点になる。だが推進と信頼は沈み、次の改良は二度と卓に上がらない。これは講師の裁量による減点ではなく、ルールとして必然的に起きるように配線されている。
知財担当が発明届と契約の文言を根拠に単独出願を守り、改良技術の帰属を碧海に一本化する覚書を求め続けた場合。
目盛り推進・信頼は、他の4名がそれぞれ -2〜+2 で秘密裏に付けた点の合計(範囲 -8〜+8)。本人には最後まで見えない。
タスク達成は自分の目標の達成度(0〜3)。バーの向きに加えて数値と符号を併記している。
タスクを満点で達成したのは、碧海の知財担当ただ一人である。そしてその一人だけが、推進・信頼の両方をマイナスで持ち帰った。しかも満点の中身は、発明者の欠けた出願である。
知財担当が発明者を調べ直し、自社の単独出願を共同出願に戻して、双方向の改良通知ルールを提案した場合。
目盛り推進・信頼は、他の4名がそれぞれ -2〜+2 で秘密裏に付けた点の合計(範囲 -8〜+8)。本人には最後まで見えない。
タスク達成は自分の目標の達成度(0〜3)。バーの向きに加えて数値と符号を併記している。
知財担当のタスク点は 3 から 2 へ下がっている。単独の権利を半分手放したからである。その代わり推進と信頼が合わせて 17 点動き、北斗の次の改良が卓に戻ってきた。
| 指標 | A 教科書 | B 設計者 | 差 |
|---|---|---|---|
| タスク達成 自分の目標をどれだけ達成したか | 3/3 | 2/3 | −1 |
| 推進 この人はディールを前に進めたか | −3 | +5 | +8 |
| 信頼 この人と次も組みたいか | −3 | +6 | +9 |
権利確保という自分の物差しでは、ルートAが上である。 単独の権利を半分手放したルートBは、タスク点を1点落としている。 それでも他の4名から見れば、同じ人物の評価は推進で8点、信頼で9点動いた。 知識が増えたわけでも、条項が上手くなったわけでもない。変わったのは、契約の文言より先に、発明者の事実を確かめに行ったかどうかだけである。
改良の帰属を事前に自社へ一本化するのをやめ、改良が生まれるたびに「通知・協議・記録」で決める。
共同開発の範囲で改良を見つけた側は、出願の前に相手へ書面で通知する。義務は双方向で、発注者の側にも同じだけかかる。
通知から一定期間内に、単独出願・共同出願・秘匿(ノウハウ)のいずれにするかを協議で決める。急ぐ場合は共同名義で先に出し、優先権の期間内に整理する。
合同打合せの議事録に、改良の提案者を記名する。発明届の「社外の関与」欄は、この議事録と突き合わせてから出す。
「共同開発中に生じた改良技術はすべて碧海に帰属する」の一文を外し、代わりに ①双方向の通知義務 ②出願の形を決める協議期限 ③議事録による提案者の記録 の三点に分解する。帰属を先に取りにいくのではなく、発明者を先に確かめる。
共同でした発明は、共同発明者の全員でなければ出願できない(特許法38条)。これに反して登録された特許は無効理由を抱え(123条1項2号)、正当な権利者は特許権の持分の移転を請求できる(74条)。発明届どおりに出した単独出願は、手続きとしては正しくても、権利としては最も攻撃されやすい形をしている。知財担当がこの卓で最初に確かめるべきだったのは、契約の文言ではなく、発明者の事実だった。
共同開発で最も価値のある投資は、相手の現場で思いついた改良を口に出すことである。この投資は、事前に契約へ書き切れない。一度でも提案が一方的に取り込まれると、相手は合理的に提案を止め、改良を自社のノウハウとして抱え込む。帰属条項を厚くしても、止まった提案は戻らない。戻すのは、提案した者が報われるという手続き上の約束だけである。
隠し評価シートは、糾弾のための装置ではない。「あなたの各行動は、誰の目的関数の上でプラスで、誰の上でマイナスだったか」を、点数という動かしがたい形で本人に返すための装置である。デブリーフの最後に置かれる問いは、常にひとつ ── 自社の発明届の「社外の関与」欄を、最後に確かめたのはいつ、誰だったか。
本来の研修は6人が同じ卓に着き、3時間かけて交渉し、その場で相互評価を開示する。基礎コースは B1『開示のジレンマ』のほかに B2『出資と特許の間』(CVC出資DD)、B3『名前の載らない発明者』(共同出願・成果帰属)を置く。 さらに上級コース『電機百年・技術導入の海図』では、知的財産部という組織が存在しなかった時代 ── 日本電気とウェスタン・エレクトリック、富士電機とシーメンス、三菱電機とウェスティングハウス ── の技術導入交渉を追体験する。特許が「権利化業務」ではなく、資本・人・市場アクセスと不可分の取引の通貨だった時代を歩くと、 いま自分がやっている仕事が、より大きな事業創出の営みのどの部分を制度化したものなのかが見える。
発明者欄は、権利の書類である前に、相手との関係の記録である。
設計の考え方(五層モデル・配線パターン・入稿前チェックリスト)は設計論のページにまとめてある。